紀伊國屋書店で本を買う話

新宿で少し時間ができたので、久しぶりに紀伊國屋書店を覗いてみる。紀伊國屋書店は、私が今まで最もたくさんの本を買った本屋である(Amazonは除いてだが)。売り場をうろついているうちに、無性に本が買いたくなったのだが、その日のうちに飛行機で関西に戻らなくてはならず、配送サービスを頼むのも大仰なので、単行本ではなく文庫本を買うことにした。
まず、文庫売り場で目に付いたのが、「紀伊國屋書店文庫復刊フェア」というオレンジ色の帯である。「復刊」と「フェア」という、まさに本好きにとっては、猫にまたたび、としかいいようのない企画と言える。岩波の復刊フェアのせいで、これまでどれだけ読みもしない本を買わされてきたかに思いを馳せつつも、以下の2点(3冊)をピックアップする。

「映画千夜一夜」(上)(下) 淀川・蓮実・山田(中公文庫)
映画だけでなく芸能全般に言えると思うのだが、単独での著書より、インタビューもしくは鼎談のほうが読みやすいし、面白い。映画関係で言うと、洋画なら、トリュフォーヒッチコックにインタビューした「映画術」、邦画なら、蓮実重彦が中古智にインタビューした「中古智の設計」がマイベスト。

「毒舌日本史」今東光(文春文庫)
普通の歴史本は「読む側がわけがわかってる」ということが前提に書かれていることが多く、読み進めるごとにかえってわけがわからなくなります。それを防ぐには、たいがいこれはこんなもんだよな、という見通しを予め持っていることが必要なんですが、こういうざっくりした人物論はそういう大掴みな理解に役立つのでつい買ってしまいます。

次に、機会があれば買おうと思っていた本が棚にあるかどうかをチェックして、以下の4冊を購入。

「賭博者」ドストエフスキー新潮文庫
ここしばらくのドストエフスキー三昧の際に、自分のもっているドストエフスキーの文庫本を整理しておいたのだが、その際に揃っていなかった2冊のうちの1冊。因みに、もう1冊は、福武文庫の「ドストエフスキィ後期短編集」だが、これは絶版なので、古本屋で手に入れるしかない。

「歌舞伎ちょっといい話」「歌舞伎への招待」戸板康二岩波現代文庫
「歌舞伎の話」戸板康二講談社学術文庫
ちょうど創元推理文庫の中村雅楽探偵全集を読んでいて、小説ではない戸板さんの歌舞伎の話も読みたいなぁ、と思っていたので、まとめ買い。「歌舞伎の話」以外は既読だが、読んだのはかなり前なので問題なし。それにしても、在庫検索システムができて本屋での本探しも便利になったものである。

さらに売り場をうろついて、以下の2冊をゲット。

夜の来訪者」プリーストリー(岩波文庫
岩波で戯曲でミステリという意表をつく作品。ベストテンでランク入りというポップに惹かれて購入。「ランク入り」も、本選びの重要なポイント。昔、3年ほどミステリの新刊を死ぬほど読み漁っていた時期があって、そのときの結論は、「ランクに入らない作品でもすごい作品はあるけど、それにあたるのにどうでもいい本を相当な数読まなくちゃいけないんで、ランクに入った作品を読んだほうが徒労感が少ない」というものだった。それ以来、はずれもある前提で、ランクは結構信用してる。

「名短編、ここにあり」北村・宮部篇(ちくま文庫
この手の「信頼できる読み手によるコンピレーション」というのもつい買ってしまう本の典型である。ただ、個人的な経験からいうと、こういうもので読むと短編の内容はまず記憶に残らないので、作品個々というより、編集の意図を楽しむという趣向になる。自分だったらこれ入れるな、というのが正しい鑑賞法だろう。

と、ここまでで9冊選んだので、残り1冊買って10冊にしようと決めたのだが、これが難渋。帯に短し、襷に長し、でどんどん時間が経っていく。こりゃいかん、飛行機の時間が、というわけで、選んだのが次の1冊。

「輝くもの天より墜ち」ジェイムズ・ティプトリ・ジュニア(ハヤカワ文庫)
私がもし大学生だったら、いや、20代前半でも、いの一番に買ったであろう1冊。小説には読みごろというものがあるので、若いころに読んで面白かった作家ほど、今では読むのが難しくなる場合がある。私にとってティプトリはそんな作家の一人で、「今読んで、昔ほど面白く感じずにがっかりするのがいや」なのだ。誤解のないように言うと、がっかりする対象は作品の内容ではなく、ティプトリを昔のように読めなくなっている自分なので、そこのところお間違えなく。というわけで、恐らく、これは買ったけど読まない予定(笑)。でもいい話であることは、読まずに保障します。最後に一言、「15年前に出してほしかった(泣)」。

以上、本好きはたわいないもので、10冊の本をかかえていそいそと家路につきましたとさ。