本を買う理由、または、積まれていくものへの言葉

何かの拍子に本を買うと止まらなくなる。恐らく、全治一生の「本を買わないと死ぬ」病にかかっているのだと思う。家のスペースの都合で、なるべく文庫か新書を買うようにしているのだが、どうしても単行本や大型本を買ってしまうこともあり、難儀である。 ま…

或る休日と廃校のグラウンド

朝、家を出た。副都心線に乗って、千川駅で降りる。この駅は初めて降りる。豊島区旧第十中学校校庭を目指して歩く。迷うかなと思って携帯の画面に道順の案内を表示しておいたが、周りの人が明らかにそこに向かって歩いていたので、なんなく着いてしまう。追…

「阿漕」と絶望、または、ムンクの「叫び」

最近、書くことが能の関係に偏っているが、別に能ばかり見に行っているわけではなく、それ以外のものも見に行っているのだが、書こうとするとなぜか能の舞台のことになってしまう。これは、恐らくバイオリズムのようなもので、たまたま能を見ると反応する何…

仮面と光、または、とある能楽堂の午後の出来事

能評家の村上湛が今月の観世会の小冊子に掲載されている小文で少し触れているように、能楽堂が明治以降建物の中に取り込まれたことで達成した演技の精緻化には驚くべきものがある。本当にいい舞台にめぐり合えたときの、この瞬間が凍結されたまま永遠に続く…

原典と模倣の間にあるもの、または、日本のオリジナリティについて

NHKのクラシック番組の「らららクラシック」を見ていたら、武満徹の合唱曲が取上げられていて、ゲストで来ていた“あまちゃん”の大友良英さんが、武満徹の音楽はクラシックやジャズや日本の古典楽曲や流行歌などあらゆるものが武満徹という人間のなかで混…

時代劇と歌舞伎の間−明治座五月花形歌舞伎公演『男の花道』を観て

明治座五月花形歌舞伎公演をブログやSNSに感想を書くと、プログラムと昼食付きでチケット代も割安になるという大変お得なセットで観に行きました。とても、いい企画だと思います。明治座だけでなく、他の劇場でもぜひやってほしいです。 さて、猿之助さん…

一を聞いて十を知る: 四月大阪文楽公演「熊谷陣屋」を観て

大阪まで二代目吉田玉男襲名披露公演を観に行ってきた。襲名の演目は「熊谷陣屋」。文楽でも歌舞伎でもとてもポピュラーな演目だし、文楽なら先代玉男の舞台、歌舞伎なら吉右衛門の歌舞伎座さよなら公演など、名演も数多い。そういう「これ観るの何回目かな…

白洲正子と鼓の二打ち

先日、ある機会があり、20人くらいの外国人を相手に能狂言の解説をした。1時間の予定だったのだが、ビデオやDVDを見せているうちに興がのってしまい、結局20分ほどオーバーしてしまった。全くの偶然だが、使った狂言のDVDに収録されていた演目(「附…

忠臣蔵と千両役者

浅草で平成中村座の「仮名手本忠臣蔵」を全部観る。今回は、中村屋(中村勘三郎、勘太郎、七之助)一門に橋之助、弥十郎、亀蔵といったレギュラーメンバーに加え、松嶋屋親子(片岡仁左衛門、孝太郎)がゲスト出演したのが大きな話題で、連日大入り満員だっ…

三国志と吉田秀和

ブログを再開してすぐ長い眠りに入ってしまったわけですが、何もしていなかったわけではなく、インドネシアに出張に行って腹を壊したり、浅草で歌舞伎を見まくったり、三国志を読んだりしていました。さて、ちくま文庫の井波律子訳の三国志を読み終えたので…

野田歌舞伎「愛陀姫」と腹芸

歌舞伎座で野田歌舞伎第三弾「愛陀姫」を観る。満員御礼。おめでとうございます。歌舞伎座では、いつも1階(もしくは3階)で観ているので、2階後方で見たのは初めてであった。野田歌舞伎の第一弾「研辰の討たれ」も第二弾「鼠小僧」も、初演時に歌舞伎座…

北京五輪と中国五大小説

随分と間が空いてしまいましたが、またぼつぼつ書こうかと思います。さて、連日普通の新聞がスポーツ新聞になってしまったかのような状態になっていた北京オリンピックですが、そろそろ大会も終わりが近づいてきました。ウサイン・ボルトの100M走がこの大会…

間とヴォイス

国立文楽劇場に文楽を見に行く。余り体調がすぐれず、お恥ずかしい話ではあるが、何度か意識を失う。個人的には、舞台やコンサートを見ながら寝てしまうことについて、それほど違和感を持ってはいない。というのは、過去の経験から言って、一番典型的な爆睡…

洛中の花盛り―能・熊野の後で夜桜を見る

花見の季節である。能楽師の味方玄(みかた しずか)氏が主催するテアトル・ノウ公演『洛中洛外の花ざかり』を京都観世会館に見に行く。味方氏がシテで演じる演目は「熊野」で、桜の季節にはぴったりの演目である。主人公である熊野(ゆや)は、故郷(遠江の…

サイモン・マクバーニーで谷崎を観る(ヨシ笈田付き)

友達のAくんに面白いからと薦められたサイモン・マクバーニー演出の「春琴」を、世田谷パブリックシアターに急いで観に行く。当然、立ち見席しか残っておらず。立って観る。40歳超えての立ち見はできればやめたいのだが、そういえば、この間観た野田秀樹演…

京都でお寺(と神社と映画館)をめぐる話

先に言っておきますが、今回は長いです。 大阪に来てから京都や奈良のお寺や神社を暇があればめぐるようにしている。東京からだとなかなか来られないし、関西にいる間になるべく多く見ておこうという腹積もりである。 京都の文化財特別公開といえば、財団法…

紀伊國屋書店で本を買う話

新宿で少し時間ができたので、久しぶりに紀伊國屋書店を覗いてみる。紀伊國屋書店は、私が今まで最もたくさんの本を買った本屋である(Amazonは除いてだが)。売り場をうろついているうちに、無性に本が買いたくなったのだが、その日のうちに飛行機で関西に…

蝶々夫人と着物の話

年末年始と常夏のフロリダで休みを満喫するはずだったにもかかわらず、アラスカ発の大寒波の襲来によりキーウェストでぶるぶる震えていたためにすっかりご無沙汰してしまいました。今回は、オペラの話です。私がこれまでに一番たくさん見たオペラの演目は、…

ドストエフスキーと立川談志

まだ、ドストエフスキー読んでます。この間、これも光文社古典新訳文庫で、『地下室の手記』を読みました。主人公の地下生活者がいみじくも自分で言うとおり、この作品のほとんどは、語り手のくりだす「たわごと」で占められています。でも、読み終わると、…

ドストエフスキーと文体の速度

話題になっていたので、『カラマーゾフの兄弟1 』(光文社古典新訳文庫)を買う。しばらく手が出ず、日々が過ぎる。ちょっと、読んでみる。思ったより読みやすい。続けて読む。これはいけるかも。どんどん読む。1を読み終わる。そして、2を読む、3を読む。…

ニューヨークシティバレエとバランシン

日本でのバレエの公演は基本的に2つのパターンがあります。一つはバレエ団によるストーリーバレエ(チャイコフスキーの三大バレエが典型)の上演で、もう一つはスーパースターの名前を冠した見取り(歌舞伎用語で、要するに「いいとこどり」ということ)公…

ヤンソンスと柔道家

大阪のフェスティバルホールでヤンソンスの指揮するバイエルン放送交響楽団でブラームスの1番を聴く。2日前に急に東京への出張が入ってしまい行くのをあきらめかけたのだが、新幹線の自由席でかけつけ何とか後半だけ聞くことができた。そして堪能。満員立…

曽根崎心中と「立迷ふ」男

国立文楽劇場11月文楽公演「吉田玉男一周忌追善」で「曽根崎心中」を見る。「曽根崎心中」は、近松門左衛門51歳の作で、後に世話物と呼ばれることになる一連の作品の記念すべき第1作である。因みに、世話物というのは要するに江戸時代における現代劇で、…

富樫は知っていたのだろうか?

能「安宅」を見る。安宅は、能面を用いずに素面で演じる直面(ひためん)ものの代表曲であり、かつ、歌舞伎十八番のうちの「勧進帳」の元となった演目としても知られている。歌舞伎の「勧進帳」の成立については、ちくま新書の渡辺保『勧進帳』の記述が簡潔…

タルコフスキーとオペラ

古典芸能は予習が大切。これは私の観劇上の第一のモットーである。それでは何が古典なのか、というのは、実は考え始めるとかなりややこしい話なのだが、ここではとりあえず、不特定多数の個人または集団によって、再三再度上演されることが演じるほうにも、…

数独とSUDOKUとCool Japan

これもまた昔話。私は飛行機や電車で移動する際には、文庫本や新書のほかにペンシルパズルの本を一冊持っていくことにしている。乗継などで時間があいて、しかもどうも本を読む気にならないとき、パズル本は最高の時間つぶしになる。ペンシルパズルには、数…

ヴェルディの胸像は何を見ているのか

根っからの芝居好きとしては、何か芝居のことも書きたいのだが、このところあまりお芝居やコンサートに行っていないので、書くことがない。というわけで昔話を一つ。ニューヨークのメトロポリタンオペラの地下一階には、オペラの有名な作曲者や歌手をテーマ…

宮大工・松浦さんと軒の反り

松浦昭次『宮大工と歩く千年の古寺』を読む。続けて、『宮大工千年の「手と技」―語りつぎたい、木を生かす日本人の知恵』と『宮大工 千年の知恵―語りつぎたい、日本の心と技と美しさ』も読む。勢いにのって、根来寺に多宝塔を見に行く。うーん、宮大工すげぇ…

渡辺さんとイチロー

渡辺明『頭脳勝負―将棋の世界』を読む。将棋界が渡辺明という稀有の才能を持ちえたことは素直に喜ぶべきことであると思う。 出発点として、本来将棋は棋譜が全てであり、棋譜を見てその意味がわかるというのが至高の境地であることに間違いはない。モーツァ…

内田さんと村上さん

内田樹の『村上春樹にご用心』を読む。書くほうも、読むほうもプロではない私の基本的な読書スタイルは読み飛ばしである。内田氏の書く文章は、速度感がちょうどうまく自分が読む速度に合致しており、さくさくと読める上に、話のとびぐあいも好ましく、かな…