忠臣蔵と千両役者

浅草で平成中村座の「仮名手本忠臣蔵」を全部観る。今回は、中村屋中村勘三郎勘太郎七之助)一門に橋之助弥十郎亀蔵といったレギュラーメンバーに加え、松嶋屋親子(片岡仁左衛門、孝太郎)がゲスト出演したのが大きな話題で、連日大入り満員だったようである。平成中村座で古典の大作に取り組むのは、「義経千本桜」以来2度目で、前回は、渡海屋銀平が碇をかついででてきたり、といった普通では見られない演出も登場していたが、今回の忠臣蔵は、真っ向から古典に取り組んで新演出はしていない(討ち入りの場面自体が新演出なんじゃないか、という話はおいておくが)。

この真っ向からの忠臣蔵が、大当たりだった。関西にいるので歌舞伎自体余り見ていないのを割り引いても、ここ最近観た中では一番の出来である。特に、片岡仁左衛門の演技には、うならされた。AからDの4プログラムで、A、Bでは大星由良之助を、Cでは加古川本蔵を、Dでは不破数右衛門をやったのだが、心底うまいなぁ〜、と思った台詞回しは数知れず、決まってるよなぁ〜、と思った立ち居振る舞いも数知れず、結果、千両役者としかいいようがないわ、こりゃ、と思ったのが1回あった。

台詞術が優れている、と言ってしまえば簡単だし、義太夫狂言できちんとイキを詰めて台詞をしゃべっているのがすごい、と言えばなんとなく説明しているような気にもなるのだが、実際には舞台を見てもらえば一目瞭然で、言葉にするのはむなしい作業である。それでも、なんとか表現しようとすると、「台詞のテンポを自在に操りながら、息の切れ目を入れずに畳み掛けてしゃべることでもたらされる緊迫感と、その直後に息をつぎ間を取ることでもたらされる緊張からの緩和が観客に与えるカタルシス、しかも意味が全部わかる!!」という感じだろうか。う〜ん、我ながら舌足らずだ。

また、立ち居振る舞いも見事で、7段目の一力茶屋の場で、冒頭、目隠しをしてふらふらと酔態の態で現れた由良之助が、階段のところでおこついて(つまずいて、っていう意味ですけど、雰囲気がでるんでこっちを使います)、座り込みながら一歩階段にかける右足の色気といったらなかった。これぞ7段目の由良之助である。その昔、忠臣蔵の4段目で文楽の吉田玉夫師匠の使う由良之助が袖から駆け込んできたときに、「これが由良之助だっ!!」と思ったことがあったが、これからは、7段目は、この仁左衛門の由良之助が自分の中の基準になるだろう。

仁左衛門以外にも、梅幸写しだという勘三郎の判官切腹は非常に素晴らしかったし(勘平の演技に以前に見たときのリズム感が感じられなかったのは意外だったが)、橋之助(由良之助は比較されるので仕方ないが、師直と平右衛門はいい出来)、勘太郎(勘平の後半の台詞はお父さんそっくり)、七之助(お軽は熱演)、孝太郎(お軽は年の功、お石も健闘)弥十郎等もそれぞれよく頑張っていた。

古典には先人の工夫がこれでもかと詰まっているわけで、きちんとやればきちんと面白いんだ、という、当たり前だが忘れがちのこと(忘れさせられてしまうような舞台もあることは否定しないが)を再認識した。ただ、何といってもこの公演の白眉は仁左衛門であり、現代の千両役者の演技を堪能できたことが自分にとっての一番のご馳走であった。しばらくの間、仁左衛門の舞台は可能な限り見ることになるだろう。11月は歌舞伎座で「盟三五大切」を見る。楽しみだなぁ〜。わくわく。