洛中の花盛り―能・熊野の後で夜桜を見る

花見の季節である。能楽師の味方玄(みかた しずか)氏が主催するテアトル・ノウ公演『洛中洛外の花ざかり』を京都観世会館に見に行く。味方氏がシテで演じる演目は「熊野」で、桜の季節にはぴったりの演目である。

主人公である熊野(ゆや)は、故郷(遠江の国、今の静岡県)を遠く離れて京の都で平家の公達、平宗盛に仕えている。そこへ、故郷から母親の病気が重くなっているのですぐに帰国してほしい、という遣いが母の手紙とともに到着する。熊野は宗盛に帰国を願いでるが、宗盛は許さず、熊野を花見に同道する。

この母からの手紙を宗盛の前で読み上げるのが前半のハイライトである。宗盛の不同意は、その理由が熊野を花見に同道したいという一見どうでもよく思えるものであり、その前の手紙の内容で近々の母親の死を予感する観客(勿論、シテがちゃんと読まなければ予感できないのだが)は、こいつは親の死に目にもあわさないつもりか、なんて非道いやつだ、と思ってしまうのだが、後の展開を考えると、宗盛は実は熊野を故郷に返してもよいとは思っており、その前に花見に連れて行くことで熊野の沈んだ気分を少しでも引き立たせてやろう、という、いわば、ちょっとピントのずれた親切心を持っていると見方も可能である。言い換えると、熊野は、一刻も早く帰りたい、と思っているのに対し、宗盛は、花見で心をなぐさめてからでも遅くはないだろう、と考えている、ということである。こういった、当人はよかれと思ってやっているのだが当事者にはちょっと迷惑というのは今でもよくある話であり、一見非道い人間に見える宗盛は、実はちょっと勘違いしているが根はやさしい人間である、という解釈もそれほど無理でなく成り立つと思う。そう考えると、前半ですげなく帰郷を却下した宗盛が、後半あっけなく熊野の帰郷を許すというのも、権力者のきまぐれ、というよりは、最初からそうしようと思っていたから、ということになる。単に権力者の気まぐれに翻弄される熊野の悲哀として本作を見る視点もありだとは思うが、能曲「熊野」の持つ本質的な華やかさとしみじみとした哀れさ、そしてハッピーエンドの結末、を考え合わせると、個人的には、「宗盛勘違いおじさん」説を採ってみたい。イメージとしては、ワキは宝生閑さんでお願いしたいところである。

後半は、花見にでかける熊野が目にする京の春の景色の描写から、花の下での熊野の舞、小書き「村雨留」による舞の途中で雨が降って止めるくだりを経て、熊野が和歌で自らの思いを再度アピールし、宗盛が帰郷を許す、という流れになる。花見の華やかさと熊野の哀れさをどうバランスさせて表現するかがポイントだと思うが、味方氏は熊野のシテは2回目ということで、前回は華やかな「熊野」だったが、今回は悲しみを表現したい、との意気込みで臨んだそうである。それは、十分に達成されていたと思う。部外者に気楽さもあって無茶なことを言うが、ちょっと気になったのはシオリ(片手を面にかざすことで泣くことや悲しみを表現する能の型)のことで、その前の謡や動きで十分に悲しみは表現されているので、わざわざシオリをやらなくてもいいのではないかな、と感じるところが2か所ほどあった。無論、型はきっちり決まっているわけで、実際にシオリを抜くことはできないとは思うのだが、シオリをしていてもしていないような、それでいて悲しみだけが伝わるような、そういったやり方はありえないものか、と舞台をみながら夢想してしまった。

さて、せっかく「熊野」をみて花見気分になったので、終わってから京都で花見をすることにした。最近は、桜のライトアップがそこここで行われているので、見に行くところはたくさんある。まずは、歩いて丸山公園に行ってみた。2週間ほど前に東山花街道でライトアップをやっていた際は「現代いけばな展」としてアートな空間となっていたのだが、今回は一転して、屋台が立ち並び、お酒の匂いが空中に漂っていそうな、完全なお花見モードの空間になっていたのが笑えた。さらに、立ち並ぶ屋台の中にインド料理とペルシャ料理のそれを発見したのも興味深かったのだが、一人なのでさすがにこの空間にはなじめず、早々に退散して祇園白川沿いの桜のライトアップに向かう。これは、短いがなかなかのおススメだった。川の向こうが祇園の料理屋さんになっていて、川を挟んだお見合い状態になるのが少し気にはなるが、桜の種類も多く、咲きぶりもちょうど満開で、花見気分が満喫できた。

堪能したあと、高瀬川沿いを四条から五条までライトアップされた桜を見ながら歩き、京阪と地下鉄を乗り継いで二条城に向かう。祇園のあたりだとかなり満開に近かったのだが、二条城はソメイヨシノ以外のシダレザクラサトザクラヤマザクラはまだつぼみだった。ただ、桜の数はかなりの本数に上るので、1週間くらい後にくればちょうど見ごろかなと思う。二条城の地下鉄の駅のポスターで、清水寺でも桜のライトアップをやっていることがわかり、「熊野」の花見の舞台である清水を見ずして今日の出来事は完結しないと思い、嵐山の予定を急遽変更して清水に向かう。さすがに公開初日で、桜の咲きぐらいはちらほらであったが、今日の舞台を思い返しながら、ゆっくりと歩く。こういうのもなかなか風情があっていいものである。傍からみると、おじさんが上を見ながらふらふら歩いているだけなのだが。

清水は春と秋に定期的にライトアップをしているため、夜に行くこともあるのだが、境内が広いので一回りしてくるとかなり体が冷えている。門の外に立ち並ぶみやげもの屋の中に温かいお茶を出してくれるお店があり、いつもついふらっと立ち寄ってしまう。店の中に入らないと受け取れないのが味噌で、空の茶碗を返却するところはさらに奥にあり気がつくとすっかり客にされてしまっている、という寸法である。お茶のただ呑みによる罪悪感に負けて、それが手だとわかっていてもつい京都の極めて有名な和菓子を買わされてしまうのだが、それはいつも会社でのおやつに提供されるので、同僚は、よほど私がその和菓子を好きだと思っているに違いない。当然のごとく、今日もお茶を飲み、和菓子を買い、家に帰り、会社に行き、おやつを差し出す。

最後に余談を2つほど。テアトル・ノウの狂言茂山千五郎・七五三(しめ)・茂による「真奪」だった。千五郎・七五三コンビのこの演目を最近続けて見たが、太刀を奪い返そうとして茂を取り押さえた七五三が、早く縄をかけろ、と千五郎にいうと、今から縄を結うから待ってくれ、と言い返してからの後半のどたばたが相当に面白い。昔は、千五郎・七五三の兄弟を見ても似ていると感じたことはなかったのだが、最近は共演する舞台を見るたびに似ているなぁ、と思うし、演技にもそこはかとない味わいが出てきたように感じる。

あと、もう一つの能の演目が「鞍馬天狗」だったのだが、当日会場で観客のために配られた新聞記事のクリップの中で、味方玄の三女の和(のどか)が3歳で牛若丸役で初舞台、と書いてある記事を読んで目が丸くなった。単純に二女の和が牛若丸役、というのと、三女の梓(あずさ)が3歳で初舞台、というのを混同しているだけなのだが、3歳で初舞台で牛若丸は、普通に考えて無理だろう、いくらなんでも。武士(じゃないけど)の情けで新聞の名前は出さないが、たとえ担当者が間違えても、せめてデスクがチェックしてくれないと困るよね。でも、3歳の初舞台の牛若丸を想像して、ちょっと楽しくなったのは事実である。